私たちは暑い時に体温を下げるために汗をかくことを当たり前のように思っていますが、汗をかく動物は意外と少ないのです。身の回りの動物で汗をかくのはウマやウシなどです。イヌは汗をかくことができないので、口を開けて熱を逃がし体温を下げています。ゾウは大きな耳を動かして暑さをしのぎます。
カバも汗をかきます。カバはアフリカのサハラ砂漠より南の水辺に棲む草食動物です。昼間は主に水中で生活しています。暗くなってから陸に上がり草などを食べます。体重は1トンを超える大型の動物です。
人と同じようにカバの皮膚には毛がほとんど生えていません。カバの汗は出てすぐは透明ですが、しばらくすると赤くなります。人の汗は汗腺から出てきますが、カバの汗が出てくるのは汗腺ではなく、特殊な分泌腺です。したがって汗といえるかどうかはわかりませんが、人の汗と同じように体温調節の機能があります。さらにこの赤い汗はアルカリ性で、殺菌作用や紫外線を防ぐ働きがあります。
紫外線は皮膚の細胞を損傷させ、皮膚がんを発生させることもあります。人は強い紫外線から皮膚を守るためにメラニン色素を作り、皮膚を黒くしています。植物はアントシアニンという赤い色素を作り、紫外線が細胞にダメージを与えるのを防いでいます。カバは赤い汗をかくことで薄くてデリケートな皮膚を守っているのです。
最近、カバの赤い汗にもうひとつ意外な働きがあることが分かってきました。花王の飯倉寛晃氏らは、カバの汗に蚊から身を守る働きもあるのではないかと推測し、実験を行いました。実施した実験は、カバの汗、カバの汗の物性に近いシリコーンオイル、水の3種類を基板に塗り、蚊がとまる時間の比較です。その結果、水を塗った基板には蚊は長くとまっていましたが、カバの汗とシリコーンオイルのどちらの液体もとまった蚊のほとんどがすぐに飛び去ってしまいました。蚊はカバの汗やシリコーンオイルが塗られた表面を嫌うようです。つまりカバが汗をかいていると蚊がとまって血を吸わずに飛び去ってしまうということです。
カバが主に棲む熱帯地方は暑くて紫外線の強い過酷な環境です。生きていく人や動植物には、紫外線対策が欠かせません。このような環境に耐えるとともに、血を吸い伝染病を媒介する蚊から身を守るために、カバは赤い汗をかいているのです。
参考文献