不思議を科学する

不思議を科学する

形より色で瞬時に判断する

 人が物を見て、主に形と色でそれが何であるかを判断します。

 トイレ表示の色分けでは、一般に男性を青、女性を赤とし、性別と色の印象を一致させています。広島国際大学の荒生弘史らは、図の4種類のトイレ表示を用いて、形で性別を判断する場合と色で性別を判断する場合の時間を比較する実験を行いました。被験者は大学生16名(男女各8名)です。性別を形状で判断する課題(色は無視し、形状だけで判断する課題)と色で判断する課題(形状は無視し、色だけで判断する課題)の2種類の課題を行いました。

 実験では、計4種類の表示の内から一つがパソコンのスクリーンに提示されます。被験者はスクリーンを見ていて、表示が提示されたらできるだけ早く男女を判断し、該当する方のキーを左右の人差し指で押します。そして、表示を提示してからキーが押されるまでの時間(反応時間)を計測しました。

 その結果、反応時間の平均値は、形状で判断する課題では、形と色が一致する場合が0.50秒、一致しない場合が0.55秒でした。色で判断する課題では、一致する場合が0.35秒で、一致しない場合が0.36秒でした。

 

    

          図 実験に用いられた4種類のトイレ表示

 

 これらのことより、形より色で判断するときの方が、反応時間が短いことが分かります。また、形と色が不一致の場合、反応時間がやや長くなる傾向にあります。さらに、形で判断するとき不一致の場合、押し間違える確率が5%程度あり、他の表示がほぼ0%であったのに対して高くなっています。

 早くそして間違わないように判断するためには、色をうまく使い分けるようにするとよいということをこの実験は示しています。

 色を使い分けて成功している例としては他にもたくさんあります。スポーツのユニフォームの色、蛇口の色(お湯と水)、自動販売機の暖かい飲み物と冷たい飲みもの、電車の色などです。電車では、同じホームに異なる路線の電車が来る時など特に効果があります。色が塗り分けられていないと、慌てているときに間違えて乗り込みそうです。

 まだうまく色分けができていないと思われるものに、エレベータの開閉のボタン(◁▷、▷◁)があります。慌てているとよく押し間違えます。例えば、◁▷を緑、▷◁を赤にするなど統一するとよいのではないでしょうか。調味料の塩と砂糖、醬油とソースなども一部には色分けされていますが、まだ十分ではないようです。

 

参考文献

荒生弘史、他、性別サインの認知 — 干渉課題による言語、図柄、色の効果の検討 — 、日本感性工学会論文誌(2010)

夜咲く花は白い

 カラスウリは、朝顔のようにつるで周りの木などに絡みついて大きくなっていく植物です。夏になると、日没後一定の暗さになった時に花を咲かせます。おそらく明るさを精度よく感知するセンサを備えているのでしょう。花が咲いているのは一夜だけで、明け方にはすぼみます。

 カラスウリの白い花に蜜を吸いに来る代表的な昆虫はスズメガがです。花は筒形になっているので、スズメガが蜜を吸うために細長い口を筒の奥に入れようとすると、花粉が頭につく仕組みになっています。スズメガは頭についた花粉を別のカラスウリの花に運び、めしべに受粉させます。受粉に成功したカラスウリが秋につける実はあざやかな朱色です。

 カラスウリと同じように、ヨルガオの花も昼間は咲かず、夜になってから咲きます。ヨルガオの花はアサガオと同じような筒状です。ヨルガオはユウガオとも呼ばれることがあります。紛らわしいのですが、本当のユウガオは別の種類の植物です。アサガオヒルガオ、ヨルガオがヒルガオ科の植物で、ユウガオはウリ科の植物。しかし、ヨルガオもユウガオも夜に白い花を咲かせるところは同じです。

 これらのほかにも夜に花を咲かせる植物として、ゲッカビジンツキミソウなどがあります。夜咲く花の特徴は、白色や黄色などの夜に目立ちやすいように明るい色が多いということです。明るい色の花は、暗いなかで浮き上がるように見えます。そして、香りが強いのも夜咲く花のもう一つの特徴です。暗くて見えにくいので、花粉を運んでくれる昆虫を香りで引き寄せるのです。

 これらの花は昼咲かずになぜ夜咲くのでしょうか。

 これらの花が咲く時期は夏です。夏の昼間は暑くて昆虫の活動が鈍りますが、涼しい夜になると活動する昆虫が増えます。夏の夜に花に集まる昆虫の多くは、スズメガのような蛾の仲間です。

 昼間は活動する昆虫が少ないだけでなく、たくさんの花が咲いているので、受粉を手伝ってくれる昆虫に来てもらえるかどうかわかりません。しかし、夜は花が少ないので昆虫に来てもらえる可能性が増します。

 ライバルの少ない夜の時間帯を選んで花を咲かせるのは、無用な争いを避け、確実に子孫を残すための戦略です。その代わり強い香りを作り出さないといけませんので、負担も増えます。

 

人種によって視力の上限に差はあるのか?

 アフリカのある民族の視力がとても良いというのをテレビ番組で取り上げていました。人種や民族によって視力が異なるって、本当でしょうか。まず、視力の上限が何によって決まるのかについて見ていきましょう。

 東京医療センターの野田徹によると、もしも眼球が理想的な光学系でできているとすると、視力は網膜の視細胞の密度によって決まるそうです。視細胞は光を感じる細胞で、網膜に映った像をたくさんの視細胞により感じ取っています。この視細胞には大きさがあり、ある間隔で網膜に並んでいます。網膜で最も解像度が高いのは、視線方向の像が映る部位で黄斑と呼ばれています。黄斑に並ぶ視細胞の間隔より小さく映った像の細部を捉えることはできません。つまり視細胞の間隔より小さく映るものは見分けられないということです。黄斑の視細胞の間隔をもとに計算すると、視力の上限は2.0程度になることが示されています。

 北里大学の川守田によると、目を構成する光学系に限界があって、網膜に映る像がぼけてしまうが、このぼけが視力の上限を決める要因の一つとなるということです。網膜に映る像がぼける原因としては二つあり、瞳孔による回折と水晶体による収差です。

 回折は、瞳孔を通った光が瞳孔の影の部分に光が回り込み、解像度が下がる現象です。瞳孔の直径は明るさにより、およそ2ミリメートルから8ミリメートルまで変化します。瞳孔が小さくなると回折は大きくなりぼけやすくなります。

 収差は、レンズなどで物体の像を作るとき、光線が一点に集まらず、像がぼやけたり、ゆがんだりする現象です。収差は瞳孔が大きくなるほど大きくなり、像がぼけやすくなります。

 つまり像のぼけ具合は瞳孔の大きさにより決まり、これらから推定される視力は1.4~2.4程度になるとのことが示されています。

 視細胞の間隔と目の光学系の二つの観点が示している視力の上限は、2.0かそれをやや上回る程度だということです。

 虹彩の色(目の色)を除いて、人種によって眼の構造に大きな差があるという報告は、私の知る範囲では見当たりません。虹彩の色は、まぶしさと若干の色の識別には影響するという報告がありますが、視力には影響を与えないようです。

 これらのことを踏まえると、アフリカの特定の民族の視力が格段に良いというのは考えにくいといことになります。

 

参考文献

(1)野田徹、視覚光学の科学、IRYO(2004)

(2)川守田拓志、光学入門 眼球光学特性から考える視力の推定と偽解像の影響、視覚の

科学(2014)

目の色によって色の見え方が異なる?

 目の色と言っているのは虹彩(こうさい)の色です。虹彩は瞳孔の大きさを変え、目の中に入ってくる光の量を調節します。この虹彩の色は黒、茶、灰色、緑、青などがあり、人種などによって異なります。虹彩の色を決めるのはメラニン色素の量です。メラニンは黒色で、皮膚の表面などにあり、紫外線から皮膚を守る働きがあります。

 そのため、太陽光の強い緯度の低い熱帯地方に住む人はメラニンが多く、皮膚や虹彩の色が黒くなっています。一般に日本人の虹彩にもメラニンが多めで、色は褐色です。メラニン色素が光を吸収し、ほとんど反射しないため褐色に見えるのです。一方、太陽光の弱い北部ヨーロッパなどの地域に住む人にはメラニンが少なく、虹彩の色は青や緑です。

 このような目の色の違いが見え方に何か影響するのでしょうか。

 目の色が青や緑の方がまぶしさを感じやすいことが知られています。また、色の見え方にも違いがあるようです。

 長崎シーボルト大学の庄山らは、光彩の色によって色の見え方にどのような差があるのかを明らかにするために実験を行っています。

実験に参加した被験者は虹彩が茶系の日本人女子学生30人(平均年齢21歳)と虹彩が青-緑系の白人女性23人(平均年齢25歳)です。実験を行った机上面の明るさは30ルクスと500ルクスです。500ルクスは教室やオフィスの明るさぐらいで、30ルクスは薄暗いと感じるくらいの明るさです。わずかな色の差を正しく識別できるかどうか調べるテスト(100ヒューテスト)によって実験が行われました。

 結果は総偏差点という値で示され、間違える(正しき識別できない)と点数が高くなる仕組みになっています。すなわち、点数が低いほど色の識別能力が高いことを表します。30ルクスの明るさでは、茶系は83点、青-緑系は103点で、茶系の点数の方が低いが両者の間には統計的な差はみられませんでした。つまり差があるとは言えないということです。しかし、500ルクスでは統計的な差がみられ、茶系が58点、青―緑系88点で、茶系の方が色の差を識別しやすいことが示されました。

 これは、明るいところでは濃い目の色をしている人の方が、薄い目の色の人より色を見分ける能力が高いということです。ただし、それは微妙な色の差を見分けられるかどうかについてであり、また点数からも分かるようにその差はそれほど大きなものでもありません。日常の生活において、色の見え方に何か影響を及ぼすようなことはおそらくないと思われます。

 

参考文献

庄山茂子、他、虹彩色の異なる2群問における色の見えの差異、日本生理人類学会誌(2007)

分をわきまえるヤドリギ

 ヤドリギは「宿り木」と書くことからも分かるように、地面には根を張らず、宿を借りるようにほかの樹木の枝や幹に寄生する植物です。寄生される方の植物のことを宿主と言います。ヤドリギの宿主はケヤキやエノキなどの落葉樹で、スギ、ヒノキなどの針葉樹には寄生しません。

 夏の間、宿主の葉が茂っているとヤドリギの存在に気づきませんが、冬になりケヤキやエノキが葉を落とすと分かります。宿主の枝や幹にくっ付いている黄緑の葉のかたまりが、目立つようになるからです。ヤドリギの葉のかたまりは鳥の巣のようなもこもことした丸い形をしています。

 ヤドリギは二月から三月にかけて花を咲かせ、十一月頃に直径6~9ミリメートルほどの球形で薄黄色をした実を付けます。この実を好んで食べるのがレンジャクです。レンジャクは全長20センチメートルぐらいの鳥で、キレンジャクヒレンジャクの2種類が冬に渡り鳥として日本各地にやってきます。レンジャクが食べた実の中の種子と種子の表面のねばねばした果肉は消化されずに、糞として別の木に運ばれます。ねばねばした種は木に付着し、そこで新しい芽を出すのです。

 芽を出したヤドリギは宿主に寄生根と呼ばれる根を食い込ませ、宿主から養分と水をもらい成長します。しかし、葉が出るまでには3年、実を付けるまでには数年をかけゆっくりと成長します。あまり大きくなることはなく、宿主を枯らすことはほとんどありません。宿主が枯れると自分も生きていけないことを知っているのです。

 ヤドリギはすべての養分を宿主に頼っているわけではありません。ヤドリギの葉には葉緑素があり、自分でも光合成をしてデンプンなどの有機物を作っています。このような植物を半寄生植物と言います。人に例えれば、他人の家に強引にいそうろうし、電気や水道をただで使うけど、食料だけは自分で調達してくるというようなことでしょうか。

 自ら光合成をすることにより必要な栄養を作り、宿主への負担を減らしています。宿主が大きくなり、長く生きていくことが自分の生存と子孫の繁栄につながるからです。

 日本で育つヤドリギにはいくつかの種がありますが、それらは絶滅危惧種や準絶滅危惧種になっています。街中や公園でよく見かけますが、自然のなかではほとんど見られなくなってきています。

 他の木の養分や水をかすめ取るずるい存在のような気もしますが、絶滅危惧種や準絶滅危惧種になっていることを考えると生きていくのは大変なのでしょう。楽して繁栄できるほど自然は甘くないということのようです。

「目から得られる情報が8割」は本当?

 「私たちが得ている外部からの情報のうち、8割は視覚からである」という言葉を私自身も何度か使ったことがあります。同じ意味合いの言葉を多くの人が自明なことのように使っています。でもこれって本当なのでしょうか?

 研究論文などでも根拠となる引用文献が示されずに使われてきました。筑波技術大学の加藤宏によると、これに関する日本語での最も古い文献は1972年に出版された「産業教育機器システム便覧」だそうです。その便覧では図を用いて五感による知覚の割合が掲載されていて、味覚1.0%、触覚 1.5%、臭覚 3.5%、聴覚 11.0%、視覚 83.0%となっています。ただし、数値の元となった文献は示されていません。

 また加藤宏によると、引用文献が示されているものをたどると、最終的には1978年にZimmerman,Mが書いた論文に行き着くそうです。この論文での算出根拠は、感覚器官の細胞や感覚神経の数などから感覚ごとの脳への毎秒あたりの総入力情報量をもとにしています。すなわち目や耳などの感覚器官からどれだけの情報が脳に届いているかをもとに計算されているのです。しかし、計算された情報量は視覚だけでも1秒当たり数億にもなります。つまり脳に届いた情報のほとんどが意識に上らない情報であるということです。意識に上らない情報から知覚される情報の割合を求めることができるかどうかは不明です。

 「産業教育機器システム便覧」では、触覚が1.5%でとても小さな値になっています。嗅覚よりも小さな割合となっていて、過小評価されているような気がします。手を使って細かな作業するとき、指先や掌からたくさんの情報を得ています。ときには視覚からの情報より多いのではないかとさえ思われます。歩くときに路面の状態を足の裏から伝わる多くの情報を得ているから、躓くことなく歩くことができるのではないでしょうか。

 いずれにしても現時点では、「目から得られる情報が8割」はしっかりとした根拠に基づくものではありません。確かな根拠については、これからの研究成果に期待したいところです。それまでは感覚器官による知覚の情報割合については、安易に使うことを避けるべきでしょう。

 

参考文献

  • 加藤宏、「視覚は人間の情報入力の80%」説の来し方と行方、筑波技術大学紀要(2017)
  • 教育機器編集委員会編、産業教育機器システム便覧、日科技連出版社(1972)
  • Zimmerman, M.: Neurophysiology of Sensory Systems. In “Fundamentals of sensory Physiology”, Schmidt, R.F. Ed., Springer-verlag(1978)

触れ合いにより優しくなるコオロギ

 SNSは顔が見えないだけでなく、匿名で自分の考えを発することができます。そのためか意見が過激になりやすく、誹謗中傷で特定の個人を攻撃することもしばしばです。攻撃された人は傷つき、ときには自殺にまで追い込まれたりすることもあります。

 金沢工業大学の長尾隆司氏は、コオロギの飼育環境と攻撃性の関係について実験を行っています。実験で行ったコオロギの代表的な飼育条件を示すとAからDまでの4つです。

 A:250匹を集団で飼育

 B:透明プラスチックケースで隔離して飼育

 C:遮光プラスチックケースで隔離して飼育

 D:金網ケースで隔離し、集団のコオロギの中に入れて飼育

 飼育後に2匹を取り出し、闘争行動を調べました。その結果、もっと激しく争ったのがBの「透明プラスチックケースで隔離して飼育」したコオロギでした。多くが相手を追いかけ回したり、傷つけたりしました。中には相手が死ぬまで攻撃を続けるものもいました。一方、最も攻撃性が低いのはAの「250匹を集団で飼育」したコオロギでした。攻撃は多くは短時間で終わる穏やかなものでした。

 Dの「金網ケースで隔離し、集団のコオロギの中に入れて飼育」したコオロギは、完全には隔離されていなくて、触角や肢の触れ合いが可能です。攻撃性は、Aの集団で飼育したコオロギよりは高いが、BやCの完全に隔離して飼育したコオロギより弱いという結果になりました。触角や肢の触れ合いが攻撃性を下げるという効果があるのです。

 社会的環境の遮断(隔離)がコオロギの攻撃性を強くさせることが分かります。マウスやサルにおける実験でも同じような結果が得られているそうです。

 最近はネット上のつながりが増えてきましたが、人が仲良くしていくためには実際に会い、ときにはふれ合うことが大切なのかもしれません。

 

参考文献

長尾隆司、身の丈に合った生活-コオロギから見た人間社会-、安全工学、Vol. 43-3(2004)