不思議を科学する

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花がいい香りを出すのは虫の目が悪いから

 植物がきれいな色の花を咲かせているのは、もちろん人を喜ばすためではありません。蜜を求めて来る昆虫に花を見つけてもらい、受粉の手助けをしてもらうためです。しかし残念なことに昆虫は目が悪く、遠くに咲いている花を見つけることができなません。

 昆虫の目は複眼です。レンズを持った小さな個眼がたくさん集まって一つの複眼を構成しています。一般に複眼を構成する個眼の数が多いほど視力がよくなります。トンボの複眼は約2万個もの個眼が集まってできて昆虫の中では視力がいい方です。それでも人と比べると見え方は劣り、視力は人の100分の1程度しかありません。ただし、複眼は動きに対して敏感ですし、また視野が広く、トンボの目はほぼ360度見ることができます。

 植物が甘い香りを放っているのももちろん人を喜ばすためではありません。それは、視力の悪い昆虫に遠くから花の存在を知らせるための植物の作戦なのです。昆虫は視力が悪いぶん、嗅覚は発達していて人には分からないようなかすかな香りでも捉えることができます。香りに誘われて昆虫は花が咲いている方に近づいていくのです。近くまで来ると今度は目で花を見つけることができるようになります。花に止まって蜜を吸うときに時に、遠くから体につけて運んできた花粉をめしべに受粉させます。

 人は進化の過程で嗅覚の能力を一部失ったと言われています。人やサルは他の哺乳類に比べて色覚が発達しています。しかし嗅覚の感度はあまり高くありません。色覚を発達させた代わりに嗅覚にあまり頼らなくなっていったのです。

 それはコウモリが、目の機能の大部分を失う代わりに、超音波を聴くことができる聴覚を発達させたのと同じです。エコロケーションと呼ばれていますが、自ら発する超音波の反響音を捉えることで、夜暗い中を飛び、餌を見つけて捕らえることができます。敵が多い昼間は暗い洞窟の中に隠れ、敵が少ない夜に活動する方を選んだのです。それが今日、コウモリが繁栄している一因だと考えられます。

 人が嗅ぐことができない香りを昆虫は嗅ぐことができます。複眼は構造上、視力を高めるには限界があるので、それを補う仕組みとして優れた嗅覚を持つようになったのでしょう。また植物も昆虫の嗅覚の良さをよく知っていて、きれいな花を咲かせるだけでなく、いい香りも放っているのです。

 

参考文献

有村源一郎、他、植物のたくらみ 香りと色の植物学、ベル出版(2018)