不思議を科学する

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早春に光を独り占めするカタクリ

 「木の下闇」は木が茂って木陰の暗いことを言います。夏の季語です。夏になり、木の葉が茂ってくると木の根元は暗くなり、他の植物は育つことができません。そんな木の根本でも、その木が落葉樹なら冬から春先にかけては木が葉を落としているので、日の光が地面を明るく照らします。その光を独り占めして育つ植物が、カタクリです。

 カタクリユリ科の球根植物で、クヌギやコナラなどの落葉樹の林の中で育ちます。関東の平野部では3月下旬から4月上旬に、10~15センチメートルほどの花茎を伸ばし、直径4~5センチメートルほどの薄紫の花を下向きに咲かせます。

 3月下旬から4月上旬といえば桜が咲く時期ですが、まだ寒さが残るころです。木々が芽吹く前です。そのため、カタクリが育つ落葉樹の林の中は、春の光が地面まで届きます。そんな中でいち早く葉を広げたカタクリは日の光を独り占めすることができます。十分に光を浴びて光合成をし、花を咲かせ、種を実らせます。そして、落葉樹の葉が茂り、地面に光が届きにくくなるころには地上部分の茎や葉は枯れるのです。

 カタクリの葉が光合成をできるのはわずか2ケ月です。その間に作った養分は地下の鱗茎に蓄えます。ただし光合成ができる期間が短いので1年間にあまり成長することができません。種子が発芽してから、毎年少しずつ成長してゆきます。したがって発芽してから花が咲くまでに7~8年程度もかかるのです。

 日の光を求めて他の植物と高さ比べをして争う必要がありません。成長には時間はかかりますが、毎年日の光を独占できるので、確実に子孫を残すことができます。

 同じように他の植物と争わずに光を独り占めして育つ植物があります。アスファルトの裂け目、コンクリートの隙間、石垣の隙間などでも育つハマスゲ、エノコログサ、オヒシバなどです。一般に雑草と呼ばれている植物です。

 そこは根を張る場所がほとんどなく、水もすくなく、養分を吸収できるような土もわずかしかありません。しかし、このような過酷な環境ほどライバルが少ないのです。周りに他の植物がないので太陽の光を独り占めできるのです。無理な高さ競争をする必要もありません。

 他の植物が生育できないほど過酷な環境は、これらの雑草にとって理想的な環境なのです。カタクリと同じように熾烈な競争をさけ、じっと耐え忍ぶことで繁栄しているのです。

 

参考文献

唐沢孝一、目からウロコの自然観察、中公新書(2018)