不思議を科学する

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ドングリの実が熟しても赤く色づかないわけ

 「ドングリ」という名前の植物はありません。ドングリはクヌギ、コナラなどのブナ科の植物の果実の俗称です。果皮と呼ばれている堅い殻で中の種子が守られています。

 ドングリは、熟していないときは葉緑素があり、緑色です。熟してくると葉緑素は壊れ、茶色(こげ茶色、栗色)になります。一般的な果実は熟すると目立ちやすい赤、黄、黒色になりますが、ドングリの色は地味です。

 植物の果実が熟して目立ちやすい色になるのは、果実を食べる動物に見つけてもらいやすくするためです。動物は果実を食べますが、果実の中の消化しにくい種が別の場所で排泄されることによって、遠くに運ばれます。

 果実が実った母樹の近くに落ちて種子が発芽すると、そこには有害な病原菌や昆虫がたくさんいます。さらに光や養分を母樹と争うことになり、無事成長することは困難です。しかし、動物に種子を遠くに運んでもらうと、生育に適した場所であれば分布を広げることができます。

 目立たない色をしているドングリはどのような方法で種子を遠くに運んでいるのでしょうか。

 ドングリの木も哺乳類や鳥類に種子を運搬し散布してもらっています。ドングリを大量に食べるのは中・大型の草食性哺乳類であるサル、クマ、イノシシ、シカなどです。しかし、これらの動物は見つけたところで食べ、運ぶことをしません。ドングリにとってすべて食べつくされると、分布を広げることができないどころか、種を維持することもできません。ドングリの色を落ち葉や地面と同じような目立たない茶色にしておくと、これらの動物が見つけられなかったものがいくらか残ります。

 小型の哺乳類であるネズミやリス、鳥類のカケスなどは、中・大型の哺乳類が食べ残したドングリを見つけ、その場で食べるだけでなく、食べきれなかったドングリを貯蔵して後で食べる習性があります。巣の中に貯蔵したり巣の近くの地面に埋めて貯蔵したりします。埋めた場所をよく覚えていているのですが、ときどき忘れることも。ドングリは乾燥に弱いのですが、埋められていると乾燥を防ぐことができます。そして、春になると忘れられたドングリは発芽し、条件が良ければ成長します。

 このようにして種子を遠くに運ぶことを分散貯蔵散布と言います。分散貯蔵とは、一か所に貯蔵するのではなく、いろいろな場所に分散して貯蔵することです。ネズミ、リスが貯蔵するために運ぶ距離は、平均して数十メートルです。空を飛べるカケスはドングリを何個も飲みこみ、のどのおくにあるふくろに貯め、もっと遠くへ運びます。

 目立ちにくい茶色をしていると、地上に落ちているドングリを中・大型の哺乳類が見つけにくいだけでなく、ネズミ、リス、カケスなどが地面に埋めたドングリを見つけきれない可能性も高まります。このような理由で、ドングリの色が他の植物の果実とは違って、目立たない地味な色をしているのでしょう。

 

参考文献

原正利、どんぐりの生物学、京都大学学術出版会(2019)