不思議を科学する

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視線が会話をスムーズに

 人の眼で視力がいいのは視線方向のごく一部です。視線方向から10度離れた場所の視力はおよそ1/10に低下します。すなわち視線から10度離れたところは視力0.1から0.2で見ていることになります。したがって、人は何か作業をしている時、周囲の状況を知るために頻繁に視線を動かす必要があります。

 視線は眼球を回転させることによって行われます。眼球の外側には6本の筋肉がついていてそれを収縮することによって、眼球を回転させ、視線を変えています。視線を変える動きをサッケードと呼んでいます。サッケードは瞬時に行われます。サッケードとサッケードの間、視線が1か所に留まり、情報を獲得しています。停留時間の長さは意外と短く、それは作業内容にもよりますが、0.3秒程度です。次々と視線を動かして、いろいろな場所の細かい情報を得ているのです。

 視線に恐怖心を抱く人がいて、人と視線を合わせることができない人がいます。それほどでなくても視線を合わせることに少なからず精神的な負担を感じる場合もあります。

 人と会話をするとき、時々視線を合わせると会話がスムーズに進みます。話し相手が視線を合わせてくれないと、こちらの話に興味がないのではと感じてしまいます。視線が向く方向にその人の注意が向けられていて、その方向に関心があることを示しているからです。ただ、特別な状況を除き、普通は視線をずっと合わせ続けることはしません。

 相手が自分を見ているかどうかを、何を基に判断しているのでしょうか。それは黒目の両側に見える左右の白目の大きさを比較して、自分の方を見ているかどうかを判断しているのです。佐藤隆夫らの研究(Sato et al., 1989)によると、顔の中心から角度で4度以上視線がずれると、自分の目を見ていないと感じるそうです。4度の角度は、1mの距離で7cmですけど、10m離れると70cmにもなります。10m離れてこちらを見ている場合、隣の人を見ていても自分を見つめてくれていると感じてしまう恐れがありますので、気を付けた方がいいでしょう。

 視線にはいろいろな効果があります。千住淳(社会脳とは何か、新潮新書)によると、向かい合った人の視線が向いている方に、無意識に自分の注意も向いてしまうそうです。また、群衆の中で自分に視線を向けている人がいると、その人を見つけやすくなります。さらに、多くの人に話しかけている時、視線を向けてくれている人の顔は後でよく覚えている傾向があるそうです。

 認知症になると視野が狭くなってきます。横から話しかけても認知症の人と上手くコミュニケーションが取れない場合があります。正面から相手の目を見て話しかけているとコミュニケーションが取れるようになり、認知症が改善すると言われています。