不思議を科学する

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スポーツ選手の引退の原因は動体視力の衰え?

 赤ちゃんは成長とともに徐々にいろいろな能力を獲得していきますが、それとは反対に高齢になると歳とともに体力や能力が衰えていきます。私が歳をとったと最初に自覚したものが二つあります。一つが記憶力の低下で、人の名前が出てこなくなったこと。もう一つが近くのものが見えにくくなり、細かい文字を読むのに苦労するようになったことです。

 高齢になると近くが見えにくくなることの他に、視力が低下し、まぶしさを感じやすくなるなど目にいろいろな変化が現れます。

 歳をとるともう一つの視力の低下が起きます。それは動体視力で、動いている対象を見るときの視力です。一般に早く動くものほど見えにくくなっていきます。図1は年齢と動体視力の関係を示しています。図の縦軸は角速度ですが、どのくらい早く動く視標を見ることができるかを示しています。つまり値が大きいほど動体視力が高いことを意味します。

 通常の視力と同じように、動体視力も15~20歳でピークに達する。通常の視力と動体視力とで大きく違うのは年齢による低下の仕方です。通常の視力は50歳くらいまでほとんど低下しませんが、動体視力は20歳から年齢とともに低下していきます。図を見ると、30歳では20歳に比べて動体視力がはっきりと低下していることが分かります。

 動体視力が最も影響を及ぼすのがスポーツです。特に野球、テニス、卓球、バドミントンなどの早い球を見るスポーツにおいては動体視力の良し悪しが技能と深いかかわりを持ちます。それらのスポーツ選手の多くが30歳台半ばで引退しますが、動体視力の低下もその一因と考えられます。止まっている球を打つゴルフや止まっている的を狙う射撃では、比較的年齢の高い選手も引退せずに活躍しています。もし、長く第一線で活躍したいと思うなら、スポーツを始めるときに筋力や動体視力の衰えを経験で十分カバーできるような種目を選ぶとよいでしょう。

 動体視力はスポーツだけでなく普段の生活にも関係してきます。たとえば、動体視力は自動車の運転時において標識の見やすさにも影響を及ぼします。そのため、高齢者の運転免許更新時に実施されている適性検査では動体視力の検査が行われています。

 


図1 年齢と動体視力の関係。

縦軸は、視力値で0.025のランドルト環の切れ目を識別できる角速度(°/s)を表しています。角速度が大きいほど動体視力が高いことを意味します。(石垣尚男2013のデータより筆者が作成)

 

参考文献

石垣尚男:スポーツと動体視力、VISION、Vol.25-1、pp.26-29(2013)