不思議を科学する

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人はなぜ闇を恐れ、火を心地よく感じるのか

 最後に停電を経験したのはいつだったか思い出すことができません。おそらく二十年以上も前だったと思います。最近は停電することがめったにありませんが、私が子供の頃はよく停電をしました。台風の襲撃を受けるとたびたび停電が起きていました。すぐに復旧するときもあれば、一晩中、電気が来ないときもありました。夜に停電をするとロウソクを灯します。ロウソクは仏壇用に常備されていました。

 電灯が点灯して明るい中で灯すロウソクの灯の印象と、停電していて暗い中で灯すロウソクの灯の印象は非常に異なります。暗い中で灯されたロウソクの炎によって照らされたものは、明暗がきわ立つとともに、長い影を伴います。そして、炎のゆらぎによって明暗も影も変化していきます。ロウソクの炎が唯一の灯となり、そこが空間の中心になります。弱く揺らいでいる光に、非日常だけでなく、どこか心地よさを感じました。

 虫などの動物が光に反応して移動することを走光性といいます。走光性には2種類あって、光に向かって行く性質を「正の走光性」、光から離れて行く性質を「負の走光性」と呼んでいます。光の中でも火に対する走光性が人と獣では異なります。

 獣は火を恐れて近づこうとしません。毛皮を身にまとう動物は火がうつりやすく、危険です。そのような理由からでしょうか、獣は火に対して負の走光性を示します。

 一方、人は闇を恐れ、火の周りに集まる性質があります。暖炉や囲炉裏の炎は、人に何とも言えない心地よさを与えます。たき火が燃えていると人にとって捕食動物である獣が近づかず、安心できるためでしょうか。人は火に対して、獣とは反対の正の走光性を示します。これには、人に毛皮がなく皮膚がむき出しになっていることも関係しているかもしれません。

 人が火を使うようになってから数十万年以上になります。初期の頃は、火が消えると再び火をおこすことができませんでしたし、火をおこす方法を見つけた後も、それは大変な作業でした。そのため火を絶やすことはなく、いつも火の灯が近くにある中で夜を過ごしていたと考えられます。そのためか、人は闇を恐れます。まったく何も見えないような暗闇の中に一人でいると不安になります。わずかな明りでもあれば、その不安感はずいぶんと和らぎます。したがって、夏の夜に怖い話をするときや肝試しをする場合は、できるだけ暗くすると効果的です。