不思議を科学する

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なぜどんなに澄んだ海でも視界は数十メートルしかないのか

 空気中では大気が澄んでいれば100キロメートル離れた場所からでも富士山を見ることができます。水滴などで大気が混濁してくると視界は短くなります。視界が1キロメートルより短いもの霧、1キロメートルより長いものを靄(もや)と呼んでします。霧が濃いときでも、視界が100メートルを下回ることは稀です。

 しかし、海中ではどんなに水が澄んでいても視界は100メートルを超えることはありません。一般に20~40メートル離れると周りに紛れて見えなくなります。水中ではいつも濃い霧の中にいるのと同じようなものです。

 海に住む動物は、餌を見つけたり、敵である捕食動物を発見したりする必要があります。それには10メートルほどの視界があれば十分です。

 空気中では遠くまで見えるのに、水中ではどうして遠くまで見ることができないのでしょうか。それは光が水に吸収されやすいという性質と散乱されやすいという性質を合わせ持つからです。特に波長の長い赤や黄色の光は吸収されて遠くに届きにくくなります。20メートル進むと赤い光は約1千分の1になります。波長の長い青い光は吸収されにくい代わりに、水の分子で散乱されやすく直進することができません。そのため、遠くのものは青くぼやけて見えます。そしてさらに遠くなると見えなくなります。

 水中でもっと遠くを見たい動物はどうしているのでしょうか。100メートルよりも遠くのものを見るために、クジラは超音波を使っています。超音波は人の耳に聞こえる音よりも周波数の高い20キロヘルツ以上の音のことです。空気中では超音波は遠くまで届きませんが、水中では遠くまで届く性質があります。自ら超音波を発して、その反射を捉えることによって遠くのものを見ることができるのです。クジラは数百メートル先にいる好物のイカを見つけることができます。

 これはエコロケーションと呼ばれるもので、魚群探知機のソナーも同じ原理で魚の群れを捉えています。コウモリもエコロケーションにより暗闇の中でも飛ぶことができ、獲物を捕らえることができます。ただし、空気中では逆に光に比べ音は届きにくくなります。特に周波数の高い超音波は減衰しやすく、あまり遠くには届きません。コウモリがエコロケーションで捉えることができる距離は、数メートルと言われています。

 

参考文献

マティン・ドラーニ、リズ・カローガー、動物たちのすごいワザを物理で解く、インターシフト(2018)